Vol.294 「学校現場から見た辺野古の事故と平和人権教育」
ゲスト:高校教諭のAさんとBさん
今回は、今年3月に沖縄の辺野古沖で起きた、研修旅行中の高校生による痛ましい水難事故と、その後の教育現場の動揺についてクローズアップします。スタジオには、関西の公立・私立それぞれの高校の教壇に立ち、平和教育や人権教育に熱心に取り組んでおられる二人の現役教諭、A先生とB先生をお迎えしました。事故の背景や文科省による異例の対応が、実際の教育現場にどのような影響を及ぼしているのか、1時間たっぷりとお話を伺います。
まずは、この事故で犠牲になられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、負傷された方々の一日も早い回復をお祈りしたいと思います。二度とこのような悲劇を繰り返さないためにも、現地組織や学校側の安全管理責任の追及、そして徹底した原因究明が不可欠であることは言うまでもありません。しかし現在、この事案は事故処理の枠を超え、教育のあり方を揺るがす深刻な問題へと発展しています。同志社国際高校の平和教育に対し、政府や一部世論から「教育基本法を逸脱している」との批判が上がり、文部科学省が立入調査を直接主導しました。この措置に対し、ゲストのお二人は、事故調査としての一定の妥当性を認めつつも、「政権によるあからさまな政治介入であり、教育現場を萎縮させるものである」と強い憂慮を示されています。時の政府の意向や世論の圧力によって「政治的中立」の意味が都合よく歪められれば、教育は多様な思考を育む場ではなく、特定の思想を追認するだけの機関へと変質しかねません。たとえば、批判を恐れて修学旅行で沖縄の基地学習を避けるようになれば、子どもたちは大切な学びの機会を失うことになります。在日米軍基地の約7割が沖縄に集中しているという冷厳な事実。その過重な負担の上に、私たちが日々の平和と安全保障を享受しているという構造的な実態。先の大戦で沖縄がたどった悲劇の歴史を知るだけでなく、今なお続くこの不条理な現代の課題にどう向き合うか。それこそが、これからの社会をつくる子どもたちに求められる本質的な学びのはずです。A先生は、強調します。「平和教育とは、単に過去の歴史を語るだけでは不十分であり、その歴史が現代のどのような課題と地続きになっているのかを、多角的多面的に捉えることこそが大切である」と。またB先生は、「国や世論のあり方に対して批判的な視点も含めて向き合う力を養うことこそが主権者教育であり、子どもたちにそれを伝える必要がある」と訴えます。もし、震災学習で原発やエネルギー政策に触れることが「反政府思想」だと弾圧され、安全保障の現実を語ることが「中立違反」だと非難される社会になれば、子どもたちは史実にさえ触れられず、自ら考える力を奪われてしまいます。現政権の方針や既存の枠組みに疑問を持つことさえ許されない空気が、教育現場を支配してはならないのです。
では、この逆風の中で、教員はどう子どもたちと向き合えばよいのか。番組の後半では、「教科書『を』学ぶのではなく、教科書『で』現代社会を学ぶ授業を子どもたちと共につくる」という、現場の奮闘から生まれた実践的なアプローチが明かされます。教育への政治介入に抗議し、子どもたちが多様な視点から主体的に学べる現場を守り抜くため、現役高校教諭二人の熱い言葉とともに、これからの日本の教育と民主主義のあり方を深く問いかける60分です。ぜひ、最後までじっくりとお付き合いください。
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00:03 前枠 TM~
03:12 前半 Jingle~
25:53 後半 Jingle~
56:55 後枠 ETM~
58:10 アナ尻
60:00 曲尻 ~F.O
